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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)12966号 判決

原告

岩松経治

被告

中沢芳勝

ほか二名

主文

1  被告らは、原告に対し、各自、金一六九万四一七九円及び内金一五四万四一七九円に対する昭和五三年一二月一八日から、内金一五万円に対する本判決確定の日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  原告のその余の各請求は棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金四〇三万八六八二円及びこれに対する昭和五三年一二月一八日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生(以下、本件交通事故という。)

(一) 日時 昭和五三年一二月一八日午後九時二五分頃

(二) 場所 埼玉県新座市野火止四丁目三番四一号国道二五四号線道路上

(三) 加害車 普通貨物自動車(大宮四四な五七五四号)

右運転者 被告橋本明博(以下、被告明博という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(熊谷五五せ七九六七号)

右運転者 原告

(五) 態様 走行中の被害車に対する加害車の追突。

2  責任原因

(一) 被告中沢芳勝(運行供用者責任)

被告中沢芳勝(以下、被告中沢という。)は、加害車の所有者であり、同車を従業員らの通勤及び現場の往復のために使用させていたが、本件交通事故当時は同車を訴外本橋某が主に利用し、被告明博もこれにしばしば通勤の際に同乗していたところ、事故日である昭和五三年一二月一八日は、後記のような経緯で加害車の運転手は訴外本橋から被告中沢の従業員である訴外北田某、次いで同じく従業員の被告明博へと変わり、本件交通事故の惹起に至つた。したがつて、本件事故当時、被告中沢は加害車に対する運行支配及び運行利益を有していたと言うべきであるから、運行供用者責任を負うものである。

(二) 被告橋本明博

被告橋本明博は、本件交通事故日である昭和五三年一二月一八日、訴外本橋の運転する前記加害車に同乗して午後四時に仕事現場から被告中沢の事務所に戻り(途中、訴外本橋、同北田某、被告明博他一名の四人は小料理屋に立ち寄り飲酒した。)、その帰途、訴外本橋が自宅付近で加害車を降り、同車の鍵を同行の訴外北田に預けて帰つたので、残りの三名は再度飲酒した。そして、酒に酔つた被告明博は加害車のなかで仮眠しようと考え右訴外北田から鍵を借り受けて車内でヒーターをかけるべくエンジンを始動させたところ、自動車運転の誘惑にかられて同車を発進させ、前記日時、場所において酒酔い運転及び無免許運転の過失により原告運転の被害車に追突し、後記権利を侵害し、後記損害を生ぜしめたものであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負担する。

(三) 被告橋本忠八

被告橋本忠八は、被告明博の父親であり、本件交通事故当時満一七歳であつた同被告の親権者であり監督義務者である。

被告明博は、傷害、私印偽造・私印不正使用・業務上過失傷害、道路交通法違反、窃盗、の三件により、昭和五三年一〇月一六日浦和家庭裁判所川越支部において観護措置決定を受け、昭和五三年一一月一日迄浦和少年鑑別所に入つたが、その非行の内容は傷害、窃盗の外、本件と同種の無免許運転をくり返し、しかもその間業務上過失致傷事件を惹き起し、それもシンナー吸引により正常な運転ができなくなつた為に交通事故を起すという悪質なものであつた。

被告忠八は、昭和五三年一一月一日試験観察に付された被告明博を親権者兼身柄引受人として同人の非行防止その他の監督をすべき立場に立ち、被告明博の無免許運転はシンナーの吸引と密接に結びついていたのであるから、試験観察中の被告明博については生活環境を充分整えるべく注意し、自動車運転から被告明博を遠ざけることはもとより、運転を誘発するシンナー、飲酒からも遠ざけるべく生活環境を整備しなければならない等の未成年者の監督義務者としての注意義務があつたのにもかかわらず、被告忠八は右義務を懈怠し、被告明博の欲するがままに、通勤及び現場往復に自動車を使用せざるをえず、且つ使用主である被告中沢芳勝が試験観察中の少年を預けるに適した人物であるかどうかの調査を怠り、善処方を申し入れる等一般的、概括的な注意をなすに止り具体的な行為につき個別的に必要且つ十分な注意を尽さなかつた結果、本件交通事故を惹起させたものである。したがつて、被告忠八の右監督義務の懈怠と右事故との間には相当因果関係があるから、民法七〇九条に基づく損害賠償義務を負うものである。

3  権利の侵害

(一) 原告は、本件交通事故により頸椎捻挫、左肩、右下肢打撲挫創等の傷害を受けた。

(二) 原告は、右傷害の治療のため〈1〉埼玉県新座市野火止六―五―二〇所在の訴外高田整形外科病院に昭和五三年一二月一八日から同五四年一月二五日まで入院し(三九日)、同年一月二六日から現在まで通院し(一四五日)、〈2〉昭和五四年四月二〇日、同県所沢市大字上安松一二二四番地の一所在の訴外所沢市市民医療センターにおいて本件事故における内臓疾患の影響の有無につき検査を受け、〈3〉昭和五四年九月七日から同年一〇月一〇日まで同県新座市所在の訴外志木指圧治療院に通院マツサージ治療を受けた。

4  損害

(一) 治療費 金四八万一〇〇〇円

原告は、〈1〉訴外高田整形外科病院に対し昭和五四年八月一日から翌五五年三月二一日までの通院治療費として金四三万三五〇〇円を、〈2〉訴外所沢市市民医療センターに対し検査費金三万五〇〇〇円を、〈3〉訴外志木指圧治療院に対し昭和五四年九月七日から同年一〇月一〇日までのマツサージ代金一万二五〇〇円を各支払つた。

(二) 入院雑費 金四万九四九五円

原告は前記訴外高田整形外科への入院期間中(三九日間)、その諸雑費として金四万九四九五円の支払を余儀なくされた。

(三) 通院交通費 金九万二五八〇円

原告は、訴外高田整形外科病院への昭和五四年一月二六日から同年一〇月末日ころまでの通院交通費として左記合計金九万二五八〇円の支払を余儀なくされた。

〈1〉 通院タクシー代 金八万二六八〇円

390円×2×106=82680

〈2〉 高速道路使用料 金九九〇〇円

(内訳として、六月分金一八〇〇円、七月分金一八〇〇円、八月分金七〇〇円、九月分金二一〇〇円、一〇月分金三五〇〇円である。)

(四) 文書料

原告は、〈1〉事故証明書料として金二五〇〇円、〈2〉訴外高田整形外科診断書料として四通分金五〇〇〇円の支払を余儀なくされた。

(五) 休業損害 金五四万八一〇七円

原告は、本件交通事故日から昭和五四年五月末日までの間、前記負傷のために勤務先である訴外光明運輸倉庫株式会社への就業を休業するの止むなきに至り、事故前三ケ月の平均給料は月額金二一万二八七一円を得ていたが、右訴外会社から填補を受けた残りの得べかりし利益は次のとおりである。

〈1〉 昭和五四年五月分給料 金二一万二八七一円

〈2〉 賞与の内右訴外会社から立替給付を受けた分

昭和五四年六月賞与分として 金二四万〇五〇七円

昭和五四年一二月賞与分として 金六万三七七九円

〈3〉 賞与の内欠勤扱いとして本人より控除した分

昭和五四年一二月賞与より三日分 金八三一九円

昭和五五年六月賞与より七日分 金二万二六三一円

(六) 慰藉料 金二五〇万円

原告は本件交通事故により前記のように負傷し、これにより精神的苦痛を受け、その慰藉料としては金二五〇万円を下らない。

(七) 弁護士費用 金三六万円

原告は、被告が任意に損害賠償の支払に応じないので原告代理人に対し本訴の提起及び遂行を委任し、着手金及びその報酬として金三六万円の支払を約した。

5  結論

よつて、原告は被告らに対し、各自、本件不法行為に基づく人的損害賠償金四〇三万八六八二円とこれに対する不法行為日である昭和五三年一二月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告中沢芳勝)

1 請求原因第1項の事実は認める。

2 同第2項、(一)の事実中、被告中沢が加害車の所有者であること及び被告明博の使用主であることは認め、その余は不知、運行供用者責任は争う。

3 同第3項(一)、(二)の事実は不知

4 同第4項の各事実は不知ないし争う。

(被告橋本明博)

1 請求原因第1項の事実は認める。

2 同第2項(二)の事実中、被告明博が酒酔い運転及び無免許運転の過失により原告運転の被害車に追突したことは認め、その余は争う。

3 同第3項(一)、(二)の事実は不知。

4 同第4項の各事実は不知ないし争う。

(被告橋本忠八)

1 請求原因第1項の事実は不知。

2(一) 同第二項(二)の事実は不知。

(二) 同項(三)の事実中、被告忠八は被告明博の親権者父親でああること、被告明博は本件事故当時満一七歳であつたこと、同人が非行をくり返し家庭裁判所で観護措置の決定を受け、少年鑑別所に入り、試験観察中であつたこと、その非行の内容は傷害、窃盗の外、本件と同種の無免許運転をくり返し、しかもその間業務上過失致傷事件を惹き起し、それもシンナー吸引により正常な運転ができなくなつた為に交通事故を起すという悪質なものであつたことは認め、その余は否認する。

被告忠八は、被告明博が高校中退後、不良仲間との交遊を断つよう説得に努め、厳しく監督をしていたが、少年鑑別所を出所後、同被告が昭和五三年一〇月中沢組こと被告中沢のもとに就職するに際しても、被告明博の無免許運転或いは交通事故を防止するため、被告忠八は中沢組に対し被告明博の通勤は中沢組の運転手か、中沢組の車で自宅から会社或は現場まで送迎してくれることにして欲しい旨の申し入れを行い、それが不可能ならば就職は見合わせることとしたところ、中沢組の了解があつたので就職が決まつたものである。被告忠八は、当然のことではあるが被告明博が未成年であるから、飲酒は全く認めておらず被告明博も自宅および被告忠八の監視の範囲内では飲酒したことは一度もなかつた。加えて、被告忠八は、本件事故当時、被告明博の保護司である訴外大館義雄と連絡をとり同人の指導監督を受けさせる等試験観察中の非行防止に十分注意を尽していた結果、被告明博は中沢組に就職してからは不良仲間との交遊もなくまじめに勤務しており、被告忠八の指導に従い毎日中沢組の車で通勤していたのであり、被告忠八にとつて被告明博が本件交通事故を起こすような蓋然性は予想も出来なかつた。したがつて、被告忠八には被告明博の本件交通事故との間に相当因果関係のある具体的な義務違反はないといわざるを得ない。

なお、被告忠八が被告明博に対する監督義務を充分に履行していたことは前記のとおりであるが、被告明博が中沢組に勤務するようになつてからは被告明博は独立の社会人として父被告忠八の監督下より脱しており、少なくとも中沢組で働いている間は、被告中沢が監督義務者の立場に立つているものであり、被告忠八が相当の監督を現実になし得ない状況にあつたのである。

3 同第3項(一)、(二)の事実は不知。

4 同第4項の各事実は不知ないし争う。

三  抗弁

1  過失相殺の抗弁

本件交通事故は、原告運転の被害車が被告明博運転加害車の進行する道路に左折して進入する際、原告が右道路右側の安全を十分確認し直進車両の進行を妨げないよう注意して右車道に左折進入すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、右車道を池袋方面より川越方面に向け進行中の加害車の直前に左折して進入した過失により生じたものである。また、原告車は左折直後で加速されておらず、加害車の進行の妨げになることは明らかであるから、原告車は第一車線へ避譲する義務があり、かりに然らずとしても、追突の危険があることは察知できたのであるから、危険防止のため第一車線へ回避すべき義務があるにもかかわらずこれを怠つたものである。

2  既過払の抗弁(被告中沢)

被告中沢は原告に対し本件交通事故に基づく損害賠償として左記(一)、(二)の名目下に合計金二五八万八六五二円の弁済をした。

(一) 訴外高田整形外科病院の昭和五三年一二月一八日から同五四年七月三一日までの治療費金一五六万八五一〇円。

(二) 昭和五三年一二月一八日から同五四年四月末日までの休業損害に対する賠償として金一〇二万〇一四二円。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項の事実は争う。

2  同第2項の事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項(事故の発生)の事実は原告と被告中沢芳勝及び同橋本明博の当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証、いずれも原本の存在及び成立に争いのない第一二号証の一ないし三、五、八、一〇と原告本人尋問の結果(第一回)及び被告橋本明博本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、請求原因第1項(事故の発生)の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

二  (責任原因等)

1  被告中沢の運行供用者責任

(一)  被告中沢が加害車の所有者であること及び被告明博の使用主であることは原告と被告中沢の当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第四号証及び前掲甲第一二号証の八、被告橋本忠八本人尋問の結果(第一、二回)、被告橋本明博本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告中沢は加害車の所有者であり、同車を自己の従業員らに対し同人らの通勤及び仕事現場への往復のために自由に使用させていたが、本件交通事故当時は同車を従業員訴外本橋某が主に利用し、従業員である被告明博も同車に通勤その他に毎日同乗したところ、本件交通事故日である昭和五三年一二月一八日は、後記認定のような経緯で加害車の運転手は訴外本橋から同じく従業員の訴外北田某、次いで被告明博へと変わり、本件事故発生に至つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

以上認定事実によれば、被告中沢は本件事故当時においても加害車に対する運行支配及び連行利益を有していたと認められるので運行供用者に該当し、自動車損害賠償保障法三条本文に基づく損害賠償義務を負担するものである。

2  被告明博の不法行為責任(民法七〇九条)

いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第一二号証の一ないし一一、原告本人尋問の結果(第一回)によりいずれも原告主張の撮影年月日及び被写体の写真であることが認められる甲第五号証の一ないし五、被告橋本明博本人尋問の結果(第一、二回)及び原告本人尋問の結果(第一回)並びに前記認定事実を総合すれば、次の事実を認められる。

(1)  本件交通事故現場は、埼玉県新座市野火止四丁目三番四一号、国道二五四号線のバイパス道路上であり、同バイパスは東京池袋(朝霞市)方面から川越方面に東西に通じる道路幅員一八・六メートルで上り二車線、下り二車線(第一車線の幅員は三・五メートル、第二車線のそれは二メートル)、両側に幅員一・八メートルの歩道、幅員一メートルの中央分離帯、幅員五〇センチメートルの路肩がある平坦で直線の乾燥したアスフアルト舗装道路であつて、視界は良好である。同所の照明は特にないが付近の建物の灯りにより明るく、交通量は多く、交通規制として同所の法定の最高速度は毎時五〇キロメートルである。事故当時の天候は曇天であつた。

(2)  原告岩松経治は、本件事故発生の日時ころ現場の付近にある訴外光明運輸倉庫の出入口から被害車を運転して川越方面に西進するため、前記国道に進入する手前歩道辺りで下り車線の左右の安全を確認し、右方遠方に接近中の自動車を見たが、安全な間隔があると考えてロー・ギアーのまま第一車線を横切り、第二車線に入りセカンド・ギアーに入れ、その後後方をルーム・ミラーで確認すると加害車が後方に迫つているのに気付き、危険を感じて加速した直後自車後部に同車から追突され、対向車線に押しやられて衝突地点から約六二メートル右前方の上り車線端に停止し、次いで炎上する自車から原告は脱出した。

(3)〈1〉  被告橋本明博は、本件交通事故日、被告中沢(中沢組)の仕事を終えて、右被告の従業員訴外本橋が運転する加害車に同じく訴外北田外一名の者と同乗し、府中市での仕事現場から中沢組の事務所に戻るため帰途についた。

〈2〉  被告明博は、帰途、午後五時ころ途中の小料理屋で訴外本橋を除く三人で酒を飲み、被告明博は二合位の日本酒を飲んだ。

〈3〉  そして右四名は中沢組の事務所に戻り、帰宅するに際し、再び酒を飲むことになり、被告明博ら三名は訴外本橋が運転する加害車に同乗し、所沢市役所近くの駐車場に至り停車させ、訴外本橋は同車の鍵を訴外北田に渡して、帰宅した。

〈4〉  被告明博は、訴外北田らと共に、午後七時ころ、付近の赤提灯に入り、約三合の日本酒を飲み、同八時ころ、酔いのため気分が悪くなり、前記駐車場の加害車の中で休もうと考え訴外北田から自動車の鍵を借り受け、加害車に乗り込んだ。

〈5〉  被告明博は、右車内で一旦は横になるも寒かつたので、ヒーターをかけようとしてエンジンを始動させたところ、急に運転がしたくなり、当時無免許であるにもかかわらず加害車を運転して駐車場を発進した。

〈6〉  被告明博は、加害車を運転して付近のバイパスなどを走り廻り、午後九時二五分ころ、酔いのため眼を開けているのがようやくという状態で時速約六〇キロメートルの速度で進行中、本件交通事故現場にさしかかり、眼の前約一一メートルにストツプ・ランプか車幅燈か判然としない赤いものがパツと見えたので、危険を感じて急制動の措置をとるも間に合わず、被害車後部に自車前部を衝突させ、被告明博は停止した自車から降りて逃走した。

(4)  なお、本件交通事故の発生は被告明博の酒酔い無免許運転の過失によるものであることは、原告と被告明博の当事者間に争いがない。

以上の事実を認定することができ、他に右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実及び前記認定の事実によれば、被告明博には本件交通事故の発生につき運転免許を有せず、また酒酔いの状態であつたのであるから自動車運転をすべきでない注意義務があつたのにもかかわらず、これを怠り無免許、酒酔い運転を続けた過失があつたというべきであり、右過失の結果、制限速度に違反した速度で走行しながら前方注視もできないという無謀運転により原告に対し後記権利の侵害を加え、それにより後記損害を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償義務を負うものである。

3  過失相殺について

前記認定の事実関係によれば、原告にも車道外から本件道路に左折進入するに際し、直進車との距離、その速度の判断及び進入左折の方法を適切安全になし、もつて直進車等との事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにもかかわらず、漫然と右方接近車との距離とその速度からしてロー・ギアーのまま第一車線を横切り第二車線に入つて左折後セカンド・ギアーに入れ加速進行することは可能であると判断して進行した過失があるというべきである。したがつて、原告の後記損害額の算定に際し、被害者の過失として斟酌するのが相当であり、その減額割合は二〇パーセントとするのが相当である。

なお、被告中沢は、原告の避譲あるいは回避義務違反を主張するけれども、右事実関係のもとでは右義務の違反は認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

4  被告橋本忠八の不法行為責任

前掲甲第一二号証の六、七、八、九、一〇、一一、いずれも成立に争いのない甲第三号証、同甲第一七号証の一、二、同甲第一八号証の一、二、同甲第一九号証の一ないし四、同甲第二〇号証の一、二、被告橋本明博本人尋問の結果(第一、二回)及び被告橋本忠八本人尋問の結果(第一、二回、但し、後記採用しない部分を除く。)と前記認定の事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認められる。

(一)(1)  被告橋本忠八は、被告明博の実父(昭和四年一〇月一一日生)であり親権者である。

(2)  被告明博は、被告忠八の弐男であり昭和三六年三月一三日生れ、本件事故当時満一七歳の男子である(被告忠八は被告明博の親権者父親であること、被告明博が満一七歳であることは当事者間に争いがない。)。

(二)(1)  被告明博は、昭和五二年五月ころ、父被告忠八から自動二輪車を買い与えられたが(被告明博は昭和五二年三月二六日原付免許取得、同年五月一〇日自動二輪車の免許取得)、友人に貸したところ事故を起され廃車にしたが、自動車に対する興味は深いものがあつた。

(2)  被告明博は、右のころから不良交遊をするに至り、〈1〉昭和五二年九月一五日中学校の校庭でトルエンを吸入したことで浦和家裁川越支部に送致され(同支部昭和五二年(少)第一三一五号毒物及び劇物取締法違反事件、審判不開始)、〈2〉次に、昭和五二年一〇月一二日自動二輪車の運転に際し指定場所での一時不停止と取締りを免れるための車両番号標の隠蔽をしたことにより右支部に送致され(同支部昭和五三年(少)第七号道路交通法違反、道路運送車両法違反事件、昭和五三年三月二四日保護観察処分決定(交通保護観察)となる。)、〈3〉昭和五二年一二月一三日午後一一時一〇分ころ、成人の者と共謀して他人に傷害を加えたことで同支部に送致され(同支部昭和五三年(少)第七一九号傷害事件)、その頃までに喫煙不良交遊、道交法違反等で一四回の補導を受けるに至つていた。〈4〉被告明博は昭和五三年三月高校を中退し、所沢市内の訴外八光設備に配管工として勤務し始めたが、〈5〉昭和五三年五月二〇日午前零時五〇分ころ、シンナーの吸入、普通乗用車の無免許運転、そして検問の際に警察官に対し実兄の免許証を示し虚偽の署名をして使用した(前記支部昭和五三年(少)第一九三九号私印偽造・不正使用、毒物及び劇物取締法違反、道路交通法違反事件)、〈6〉昭和五三年七月ころ右会社を止めた後は無職のまま遊興にふけり、〈7〉昭和五三年八月五日午前一時ころ自動車その他の窃盗を犯し、九月ころ家出をして年上の女性と同棲を始めたが(九月二八日免許の取消を受ける)、一〇月七日所沢署で緊急逮捕され、九日に勾留され一六日家裁送致となり、同日観護措置決定を受け浦和少年鑑別所に収容され、更新決定の後、〈8〉昭和五三年一一月一日在宅試験観察の決定を受け、被告忠八が被告明博の身元引受人となり同人を自宅へ連れ帰つたのである(以上のうち、被告明博が家庭裁判所で観護措置決定を受け、少年鑑別所に入り試験観察に付されたことは当事者間に争いがない。)。

(3)  右非行の内容は傷害、窃盗の外、本件交通事故と同種の無免許運転をくり返し、その間業務上過失致傷事件を惹き起し、それもシンナー吸引により正常な運転ができなくなつた為に交通事故を起すという悪質なものであつた(この点は当事者間に争いがない。)。

(三)(1)  被告忠八は、肩書地で農業を営むものであるが、次男である被告明博(満一七歳)が昭和五三年一一月一日少年鑑別所から出所後、知り合いの植木屋に就職させ親戚の助力を得ながら監督指導をしようと考えていた。しかし、被告明博が同年代の友人の訴外北田から誘われた鳶職中沢組こと被告中沢芳勝のもとで働きたいと述べたことから、同明博は親の言うことは聞かないであろうし、また少年鑑別所に入つたことで反省しており真面目に働くだろうと考え、被告忠八は被告明博の中沢組への就職を追認した。

(2)  被告忠八は、しかしながら、被告明博の非行の源が自動車への好奇心に始まり、次いで暴走族との交遊、シンナー吸引及び遊興へと進み、遂には自動車に関する犯罪行為に及んだ経緯を熟知していたので、被告明博に対し自動車の運転を禁止すると共に、訴外北田に対し息子の通勤往復につき訴外北田、次に訴外本橋の運転する被告中沢所有の加害車への同乗方を依頼し、一応の防止策も講じた。

(3)  しかし、被告忠八は、勤務先である中沢組の仕事内容、手順、従業員、事務所の様子などについて使用主である被告中沢と面談し、未成年者である被告明博につき自動車の運転や生活態度などに対する配慮方を依頼したことはなく、また事務所に赴いて諸状況を確認することもせず、若年の訴外北田あるいは訴外本橋に使用主へ被告明博を適宜にとりなしてくれることを期待するだけで自らは被告中沢に対し電話で挨拶をするに留つた。そして、被告忠八は以後、就業内容等の特段の確認は勿論、その他家庭生活上の注意を払うこともなく時日を過していた。

(四)  そして、被告明博は、中沢組への就業当初は訴外北田運転の、その後、訴外本橋運転の加害車による朝夕の送り迎えを受けて真面目に働き、飲酒などもしていなかつた。しかるところ、被告明博は、在宅試験観察に付されてから一月余り経過した本件交通事故日に前記認定の経緯により本件事故を惹起してしまつたのである。

以上の事実を認定することができ、右認定に反する被告橋本忠八本人尋問の結果(第一回)部分は同人の尋問結果(第二回)及び前掲各証と比照して採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

なお、被告忠八が被告明博の少年鑑別所出所後、本件交通事故日までの間に保護司訴外大館義雄と連絡をとりあい指導監督をしていた事実を認めるに足る証拠はない。

右認定事実によれば、被告橋本忠八は、被告明博(満一七歳)の親権者として監督義務者であり(被告中沢は被告明博の使用者に過ぎず監督義務者ではない。)、本件交通事故につきその不法行為責任の存否を問われうる立場にあるというべきである。そして、監督義務者の監督義務違反と責任能力ある未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係があるときには監督義務者について民法七〇九条に基づく不法行為が成立すると解すべきところ、本件については前記認定の事実に徴すれば、被告忠八は、少年である被告明博が相当の指導監督を加えない限り再び自動車運転に関し第三者に対する権利侵害行為に出る可能性の高いことを熟知していたこと、被告明博の中沢組への就職に当り同人の非行歴を開陳しなくとも自動車の運転等につき特段の配慮方を依頼することは容易に出来た事柄であり、その結果、場合によつては転職を指導もできる状況であつたこと、ところが年若い訴外北田、同本橋に善処方を依頼するという軽易な措置をとり、被告明博に口頭の注意を与えただけであつたこと、更に就業内容その他に対する就職後の配慮または家庭生活への融和などについての工夫も特段たなかつたこと、こうした環境のもと継続した勤労経験もない一七歳の少年が少年鑑別所における教育あるいは体験による緊張と自己抑制が持続する間はともかくとしても、その期間を過ぎたときには極めて不安定な状態に陥入るであろうことは見易いところであることなどが認められる。しかるとき、被告橋本忠八には責任能力ある未成年者の監督義務者としての監督義務違反があり、これと被告明博の本件交通事故の惹起との間には相当因果関係があるというべきであり、民法七〇九条による損害賠償義務を負担すべきである。

三  (権利の侵害)

1  弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし五(甲第二号証の一ないし三については原本の存在についても)及び同第一三号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は本件交通事故により頸椎捻挫、左肩、右下肢打撲挫創等の傷害を受けたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  前掲甲第二号証の五、成立に争いのない甲第六号証、同第一四号証の一、二、同第一五号証の一、二、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第七号証の一ないし五を総合すれば、原告は、右傷害の治療のため〈1〉埼玉県新座市野火止六―五―二〇所在の訴外高田整形外科病院に昭和五三年一二月一八日から同五四年一月二五日まで入院し(三九日)、同年一月二六日から昭和五五年三月二一日まで通院し(実通院日数は一四五日、その通院期間は七八六日間)、〈2〉昭和五四年四月二〇日、同県所沢市大字上安松一二二四番地の一所在の訴外所沢市市民医療センターにおいて本件事故における内臓疾患の影響の有無について検査を受け、〈3〉昭和五四年九月七日から同年一〇月一〇日まで同県新座市所在の訴外志木指圧治療院に通院しマツサージ治療を受け、昭和五五年三月二一日症状は固定し後遺障害はないことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

四(損害)

原告は、本件交通事故により前記権利侵害を被り、これにより一個の人的損害を被り、これを構成する損害項目と金額は次のとおりである。

1  治療費 金四八万一〇〇〇円

前掲甲第六号証、同第七号証の一ないし五、同第一五号証の一、二及び成立に争いのない甲第一六号証によれば、原告は、〈1〉訴外高田整形外科病院に対し昭和五四年八月一日から翌五五年三月二一日までの通院治療費として金四三万三五〇〇円を、〈2〉訴外所沢市市民医療センターに対し検査料金三万五〇〇〇円を、〈3〉訴外志木指圧治療院に対し昭和五四年九月七日から同年一〇月一〇日までのマツサージ代金一万二五〇〇円を各支払つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実及び前記三、2で認定した事実並びに弁論の全趣旨を総合すれば、右〈1〉の治療費金四三万三五〇〇円はいうまでもなく〈2〉検査費金三万五〇〇〇円と〈3〉マツサージ代金一万二五〇〇円の金額が相当因果関係のある支出と認めるのが相当である。その合計は金四八万一〇〇〇円となる。

2  入院雑費 金二万三四〇〇円

原告は、前記認定のように三九日間の入院をしたのであり、本件入院当時、経験則に照らせば、一般に入院期間中は平均すると一日当たり金六〇〇円程度の雑費を支出するのが通常であると認められるから、本件においても右入院期間中右と同程度の支出をしたと推定され、合計金二万三四〇〇円の支出を余儀なくされたものと認められ、他に右認定を左右する証拠はなく、右認定金額を超える支出を認めるに足る証拠はない。

3  通院交通費 金二万二三八〇円

原告本人尋問の結果(第一回)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第九号証の二の一ないし三〇(被告中沢との間では成立に争いがない。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、訴外高田整形外科病院への昭和五四年一月二六日から同年一〇月末日ころまでタクシー通院を余儀なくされ、その間の通院交通費として〈1〉通院タクシー代金一万二四八〇円と〈2〉高速道路使用料金九九〇〇円の合計金二万二三八〇円の支払を余儀なくされたことが認められ、他に右認定に反する証拠はなく、右認定金額を超える支出を認めるに足る証拠はない。

4  文書料 金二五〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一〇号証の一(被告中沢との間では成立に争いがない。)及び前掲甲第一号証によれば、原告は訴外自動車安全運転センター埼玉県事務所長に対し交通事故証明書料として金二五〇〇円を支払つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

また、原告は訴外高田整形外科診断書四通分の代金金五〇〇〇円の支出を相当因果関係のある損害として求めるが、前掲甲第一五号証の一、二のうちには診断書料二通分金二〇〇〇円の支出が認められ、これらは前記治療費の項目内で認めているのであるから、それ以外に更に四通の診断書の交付を受けるべき必要性の主張立証がない以上、この点の主張は失当として理由がない。

5  休業損害 金五四万八一〇七円

原告本人尋問の結果(第一、二回)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一一号証、同第二一号証の一、二、同第二二号証の一、二及び弁論の全趣旨並びに前記認定事実を総合すると、原告は、本件交通事故日である昭和五三年一二月一八日から昭和五四年五月末日までの間、前記受傷のため勤務先である訴外光明運輸倉庫株式会社への就業を休業するの止むなきに至り、右期間の休業により得べかりし利益の喪失分としては損害の填補を受けた残りである〈1〉昭和五四年五月分の給与分として金二一万二八七一円を下廻らないもの、〈2〉昭和五四年六月及び一二月の賞与分合計金三〇万四二八六円(右訴外会社から一時の立替給付金として支給されたもの)、〈3〉賞与のうち欠勤扱いとして控除された分として昭和五四年一二月賞与分からの金八三一九円と翌年六月賞与分からの金二万二六三一円の合計金五四万八一〇七円であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

6  慰藉料 金一五〇万円

前記認定の本件交通事故の態様、受傷の程度及び内容、治療期間及びその経過その他の諸事情を総合すると、本件交通事故により原告が被つた精神的苦痛を慰藉するのに相当な賠償額は金一五〇万円を下廻らないと認められる。

7  合計と過失相殺による減額

以上認定の前記1ないし7の各損害項目の金額を合計すると金二五七万七三八七円となり、右金額に前記過失相殺による二〇パーセントの減額をすると金二〇六万一九〇九円(一円未満切捨)となる。

8  損害の填補

成立に争いのない乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、被告中沢は、原告に対し、本件交通事故に基づく損害賠償として〈1〉訴外高田整形外科病院の昭和五三年一二月一八日から同五四年七月三一日までの治療費金一五六万八五一〇円と〈2〉昭和五三年一二月一八日から同五四年四月末日までの休業損害に対する賠償として金一〇二万〇一四二円の合計金二五八万八六五二円の弁済をしたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そして右既払金のうち原告の過失相殺による二〇パーセントの減額をなすべき部分の金五一万七七三〇円(一円未満切捨)は本件請求の一部弁済金として控除するのが正当であるから、前項の人的損害額金二〇六万一九〇九円から右金五一万七七三〇円を控除すると残金一五四万四一七九円となる。

9  弁護士費用 金一五万円

弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に対し本訴の提起及び遂行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約していると認められるところ、本件事案の内容、審理経過、難易度、前記損害項目の金額に鑑み、相当因果関係ある弁護士費用は金一五万円であると認めるのが相当である。

五  結論

よつて、原告は被告らに対し、各自、本件不法行為(交通事故)に基づく人的損害賠償金一六九万四一七九円と内金一五四万四一七九円に対する不法行為日である昭和五三年一二月一八日から、内金一五万円(弁護士費用の損害項目部分)に対する本判決確定の日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲田龍樹)

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